70万円の得で、130万円の損の出会いとは?一それは引き寄せの法則か偶然か一 その3

「これがフィンランドで持っている全財産。個人的に貸して下さった虎の子100ユーロ」

現金もカードも携帯も、一切をなくし、凍える石畳を踏む足先から、冷たさが、体の芯に伝わってくる。
自分のホテルの玄関のドアを開けると、いきなり、熱気のような温かさが、顔面をとらえる。
どこか、わずかにほっとしながら、まっすぐレセプションに向かう。
人柄の良さそうな温和に見える50代後半の大柄の男に言った。
「あなたが、マネージャーですか?」
怪訝な顔で「いいえ、違います」
「マネージャーにお会いしたいのですが」
「どんなご用件ですか?」
「604号室の村田ですが、じつは、現金やパスポートから携帯電話まで、一切を盗まれて、一文無しなんです。それで、連絡費用が必要で、100EUROでも、お借りしたいと思いまして」
と語りながら、あけすけにしゃべったのは、不味かったかな。チラリと頭の片隅で思う。
ビックリした彼は「ほんとですか?うちのホテルでですか?」彼はマネージャーのことには、ふれず、質問してくる。
「違います。Sと言うホテルのロビーで、です」
彼は、どこか、ホッとした表情で「ちょっと待って」と、あたふたと、オフイスヘ姿を消した。

戻ってきた彼は、両手を広げ肩をすくめて、しかし、きっぱりと言った。
「お気の毒ですが、うちには、お金を用立てると言ったシステムありません。マネージャーは、そう言っています」
たぶん、この様子なら、粘っても無理だろうなと諦めた。仕方なく「キートス」と言って、レセプションの反対側の棟の自分の部屋に急いだ。

部屋にはいる。
早く、日本の家人に連絡しなくちゃ。住所や電話番号を書いた手帳も一緒に盗まれている、枝美桂の携帯電話も覚えていない❗どうする?
何かヒントはないか、持ってきた仕事の資料や原稿用紙をひっくり返す。あるはずがないよ。ひとりで呟きながら、もう一度、スーツケースと、7、8人から頼まれた代理で行う風水気学の木気法や固定符の包みを解く。となかから、一枚の自分の名刺が、ハラリと出て来た。

助かった❗
部屋の受話器をあげる。枝美桂のいる桂坂の家に電話だー!
しかし、受話器の向こうからは、一切の反応がない。外線に繋がってないのだ。何回やっても同じだ。交換手に電話をする。冷たく、なにも言わずに切られる。数回試すが、同じだ。

しまった❗やはり、先にレセブションに行ったのが、まずかったんだ。
一文無し、と言ったのが、いけなかったんだ。ホテル側からしたら、当然の処置であろう。
そうわかると、呆然として受話器を置いた。
20代のころ、マカオに行ったとき。カジノで、持ち金全財産を負けて、電話代もなく、ホテルで立ち往生したことが、頭に点滅する。

小肥りの小柄な日本の観光客らしい中年の男性に、声をかけ、羽田空港で返済する約束で、一時お金を用立てて、もらったことが思い出される。
たまたま、声をかけたその行きづりの中年男性と、帰りの飛行機が同じ、と言う「偶然」が幸いしたのだ。

あのときは、借りた金で、東京に、電話をいれて、妻にお金を羽田空港に持ってこさせて、ことなきを得たのだがー。
が、今回はちがう。

残念だが、このホテルに日本人はいない。どうする?
そうだ、大使館か、領事館だ。ヘルシンキは、どっちだ。どっちでもいいじゃないか。部屋の電話がダメなら、レセプションで借りよう。
待て待て、日本の家にファックスを書いて、送ろう。これも、そこで頼み込むのだ。

手短に、内容を書く。のんびりした枝美桂が、ファックスを見てくれるかどうかだが。2、3日見ないこともある。それでもいいじゃないか。

ファックスの表に大きく赤色で「Emergency!」と書いた。

レセプションに行く。
先程の男がいる。日本大使館を調べてくれますか?
と言うと、にっこりしてうなづき、パソコンに向かった。
その彼に、場所と電話番号とをお願い!と畳み掛けると、再び、うなづく。
彼がPCで探している間、少し離れたブースの女性に、これを日本にファックスしてくれますか? と頼むと足早に、事務所に行くが、すぐ戻ってきて、気の毒そうな顔をして、首をふる。
忙しくて、色々つまっていて出来ません、と言う。

せっかく書いたファックス用紙が戻された。呆然とする。
と、さっきの男が、呼んでいる。そこへ行くと、日本大使館の場所と電話番号とを言う。
「有り難う🎵言葉が不自由だから、あなたが、大使館に電話をしてくれますか?そしたら、私が出ます」
わかったと、彼は電話をした。相手にフィンランド語で早口に語って、受話器を私に渡してくれた。

しばらく、すると、大使館員がでた。咳き込むように彼に事情を、一気に語る。

若い声で、落ち着いた口調が受話器から聞こえた。
「渡航証明書を作る必要があり、それには、規定の写真二枚を持ってきてください。ここの場所は、ホテルの人に聞いてくれますか。一時半までお昼休み。午後5時までの業務ですからね。
えっ、写真代金もないのですか?
はあ、一文無しですか。ウーン❗、困りましたね。仕方がありません。手続きの為、ここへ来ていただきますが、わたし個人的に50ユーロ位ならお貸しします。それで、写真はとれます。
明日から、2日間は、大使館は休みですよ。
盗難届け出を警察に出し、その証明書と写真二枚を持ってきて、初めて、渡航証明が作成されます。
はい? 明日の土曜日、明後日の日曜日は、、大使館はおやすみです。
ご帰国が、月曜日ですか。何時にご帰国?
えっ! その日の五時ですって、綱渡りですね。とにかく、今日、来られないとご帰国が、どうなりますか。
申請書を渡す。あなたは、写真をとる。警察に行き盗難届け出をだし、その書類を、こちらに持ってくる。
それから渡航書類作成の作業をするのです。すべて月曜日の作業ですね。

時間がつまってますよ。
はい? 
2時頃こられますか?、わかりました。お待ちしています❗」

とにかく、行かないと、始まらない。
警察、写真ーは大使館のあとだ。
時間的にさし迫っている。

受話器をおき、彼にキートスと言って、そこをはなれた。
戻されたファックス用紙を手に、別棟の入り口のオフィス風のコーナーに向かった。そこは、バンケットや何かの会議などを仕切るコーナーではないのか。

かすかな望みをつないで、ファックスを差し出しながら、ここで、これを日本にファックスしてくれませんか、とズバリ言った。
20代後半に見える背丈の低い、が人形のように整った顔立ちの女の子が、てきぱきした動きで「オーケー」と元気に用紙をひきとり、
上司か先輩らしいイケメンの青年に早口で何か、言った。二、三受け答えしたと思ったら、「あそこのレセブションで送ってもらってください」と、先ほどのレセプションを指差す。

「じつは、あそこで、頼んだのですが、出来ないそうです。忙しいのか、理由はわかりません」
すると、若い勝ち気そうな美女が、イケメンと二人で改めて、ファックスの表に見いっていた。
「Emergency」を指差して
どうしたんですか、と聞いてきた。洗いざらい説明して、これを日本にファックスし、同時に、日本大使館にも行かなくてはならないのです。と言うと、二人の態度が変わった。

二人のその反応は、素早かった。
青年が、レセプションに行き、そこのスタッフに何かを言い、改めて、日本大使館の住所をPCで確認。
背の高いイケメンは、私を見下ろすようにして、言った。
「2時頃の約束ですね。大使館にタクシーで行きたくても、お金がないわけですよね。
わかりました。私が、車であなたを連れていきます」
聞いていた小柄な美女が、テキパキと、私の手から、ファックスをとると、

「オーケー、このファックスは、私が、あそこの事務所から、送ってあげる。
これ、ジャパンの電話番号のネームカード?
オーケー。彼と大使館に行っている間に、ファックスをする。ノープロプレム」
頼もしい言葉に、目の前がパッと明るくなった気がした。

彼女に、「そのネームカードは一枚しかない。それが唯一の連絡先です。ですから、必ず、私に戻してくれますか」
彼女は、人差し指を立ててウインクをしながら、分かってるわよ、と言った。

イケメンが、言葉すくなについてこい、と、ゼスチャーで示す。
あとに従うと、ホテルのビルの地下に降りた。彼の車に黙って乗り込む。

言葉が出ない。沈黙。急に泣けてきそうになる。

イケメンは、ハンドルを握って何も言わない。
勤務中なのに、いいのだろうか。無言。
小柄な白髪の老いたる東洋人のために、連携して動く若い女性と青年の姿ーー面倒なことに関わりたくないハプニングに、積極的に介入する二人ーー
我々現代人が忘れかけている何かを思い出させてくれるような二人の姿。

街のなかを、巧みに走る。

「お名前、聞いていいですか。私は村田で、日本から来ましたが」
微かに笑みを浮かべ、短く「ユッシー」とポツンと言った。「ユーシー」とも聞こえたが、聞き返さなかった。
今年中に、もう一度、ここへ来ようか。そして
同じホテルに泊まろうか、そんなことを考え、今度来たら、彼を食事にでも
誘おうかーそれとも、手紙を書こうか。

見慣れた街並みもある。
マリメッコの店も通りすぎる。ヘルシンキにきたら、必ず、立ち寄りキャフェレストランで、好きな本を読む贅沢ーー今回は見送りかなあ、と思っているうちに、あるビルの前で静かに止まった。

小さなplateに「在フィンランド日本大使館」とある。

後で知ったことだが、やはり、彼につれてきて貰って良かったと、中に入るとき思った。

世界は、リスクに満ちている。日本は、平和過ぎる。
いいことですがー!

★ 平和ボケのムラッチ★


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