この部屋が、唯一の安住の地か!?・・・。
ようやく、手に入った100ドルから、タクシー代+チップで残り80ユーロがわが味方!?
細身の、背の高い親切な大使館員は、終始穏やかで、わたしを次の部屋に案内した。
そこは、図書館のように広く、テーブルと椅子が幾つもあり、資料の棚がずらりと並び、部屋の三分の一を占めている。
窓側の壁のコンセントに携帯を繋ぎ、彼は、言った。
「日本のご自宅に繋ぎますから、電話番号をー」と聞く。さっとメモして渡す。
しばらく、携帯に耳を傾けていたが、
「うーん、お出になりませんね。続けて、コールしてくれますか。わたし、書類を持ってきますから」
と、携帯を私に渡す。
受話器に耳をおし当てる。
(はやく、出てくれ。緊急なんだよ❗)
だが、コールベルは空しくなっているだけである。
およそ、緊急なことなんて起きるはずがない、妻の枝美桂は、そう思っているタイプである。
まして、年に何回も海外に出て、しかも国内に居ても一ヵ所に一週間もいることなく、浮遊しているような私に、注意なんか払っている訳がない。
そんなことをしていると、身が持たないだろう。
もうひとつは、どんな災害の時にも、うちの宿六は、無意識のうちに、必ずすり抜けてきたと言う、過去の実績を、彼女は、確信して疑わない。なんと言う絶大なる信頼か⁉️
自分の亭主に限って、「人生にまさか!」はないと安心しきっている。ああ、そうした過信が、今は裏目に出ている。
今回は違うぞ❗
正真正銘のピンチ。この広い地球で無一文・1円もないんだよ。
たのむ、電話に出てくれ❗
しかし、電話のコールベルは、空しくなりつづける。
そこへ、大使館員が、書類を持って現れた。
「奥さん、まだ、出ないんですか?
うーん、時間がありませんよ。まず警察への盗難届を警察に行って取ってきてください。
ここ大使館は、午後5時になると閉じられます。あと二時間でクローズされます。
村田さんが取ってきた警察の正規の盗難届をもとに、渡航許可の必要書類は、つくられるのです。
早くパスポートの盗難届を警察でもらって、再度、大使館に来て手続きをしてください。残念ですが、もう今日中はむりですよ。
大使館は、明日と明後日お休みで、月曜日に来て下さいますか?
えっ! 月曜日にご帰国ですか。夕方の便?
さあ、それでは、時間の勝負になってきますね。
月曜、とにかく、あさ一番に来て、写真、盗難届を出して頂き、渡航手続きをここでしてください。
書類を完成させます。私の仕事ですから。
その間、日本からの送金をしてもらい、お金を準備する必要もありますね」
わかりましたと言い、焦りつつ、誰も出ない電話も切った。
腕時計を見る。ここのクローズまであと一時間半か。
大使館員が、略図を出して私に、警察のかなり遠い複雑な道順の場所を教え、電車での行き方を示す。
しかし、警察署は、郊外に近く、そこまでは複雑な経路である。一人じゃ、行けないなと、思いつつ聞く。
「警察では、フィンランド語ですか、英語ですか?」
「英語で、多分、通用するはずです。書類は、フィンランド語ですよ」
そのあと、日本からの送金方法を詳しく聞く。それには、役所に登録された「マイ・ナンバー」が必要らしい。枝美桂に連絡さえつけば、どうにかなりそうである。
しかし、警察へどうしていくか、うまくコミュニケーションがとれるか。時間に間に合うか、無一文であることなど。さまざまな不安がよぎる。
が、それを圧し殺して、明るく、元気にお願いした。
「助かりました。本当に、有り難うございます❗
日本からの送金もうまくいきます。すっかりメドがつきました。
それで、★★さん、100ユーロ、個人的にお貸しできますか。月曜には、送金されたなかから、すぐお支払い致します」
ゆっくりと笑顔で、ゆとりを持ってお願いした。
親切な彼は、ちょっと待っててください、と言い残して、事務所へ行き、もどるとコイン混じりで100ユーロを机に並べてくれた。
飛びあがるほど、嬉しかった。
こんなにお金が貴重なものとは❗
テーブルに並べられたユーロが、輝いていた。
100ユーロを手に、お礼をのべ、タクシーを呼んでもらった。
大使館員は、私をエスコートして階下に降り、ドライバーに行き先のホテル名を伝えてくれた。
タクシーの中で、100ユーロを握りしめながら、これからやるべきことの手順を頭の中で整理した。
①水道水をペットボトルに入れる。
②至急、フィンランド市内の日本人ガイドを探して貰うこと。。
③妻の枝美桂宛てに依頼したファックスの回収。
④ファックス以外に日本の連絡方法を見つけて連絡をする。
クルマが、ホテルに着く。
車のメーターは19ユーロと10セントだ。
20ユーロを渡して「お釣りはいらない」と言うと、ドライバーはニッコリした。
レセプションに行き、「大使館に行く前に頼んだ日本へのファックスを、返してください」
大柄のいつもの女性スタッフが「どうぞ、でも、日本に届いたかどうかは、不明です」と、唯一の私の名刺をホッチギスで止めたファックスを戻してくれた。
次に「大至急、市内の
個人でも、法人でもいいから、ガイドを探してくれますか?」
すると、そばにいた太った60代の男性が、わかった、自分が探してやるよ、とコンピューターの画面に向かった。
すると、先ほどの大柄の女性が、
「ミスター村田、お腹空いているでしょ。
ここへ来て、好きなサンドイッチとコーヒーを選びなさい。お金入りませんよ。それに、部屋でゆっくりして❗
彼が、日本人ガイドをみつけたら、お部屋に連絡をしますから、部屋で待っていてください」
急に親切になったのは、なぜだろうか。急に、空腹に気づく。
好意に甘えることにした。
両手でもつほどの、ぶ厚さのサンドイッチと、熱々のコーヒーを持って、部屋に入った。
水道水を湯沸かしに、たっぷり入れる。フィンランドの水は、水道水でも飲料にできて、美味しいのだ。気がつくと空腹だった。
湯沸し器が、軽く音をたてて、湯気をだす。
サンドイッチと一杯のコーヒー。湯気を立てているポット~人々の温かさが、じわっーと押し寄せてきた。
空腹のお腹に、コーヒーが染みる。朝から、走り回っていた気がする。やるべきことがたくさんあるのに、ふっと、安らぎが一瞬襲ってくる。全てが、ありがたい❗
電話が鳴った。
ハッとして、一回、二回とコールベルを数えながら、そっと受話器をあげた。
聞きなれぬ女性の声ー
「もしもし、私は、フィンランドにおけるツアーのマリです。ホテルのレセプションを通じて、ご連絡があり、お電話しました」
♪一瞬の安らぎの
ムラッチ♪